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カトリック太田教会  金 大烈 神父
                      
13.  ヨハネによる福音書            印刷用文書(PDF PDF文書)  2012. 6.20(水)
12.  四福音書の簡単な紹介        印刷用文書(PDF PDF文書)  2012. 5.16(水)
11. 創造説話に対する説明-2     印刷用文書(PDF PDF文書)  2011.11.16(水)
10. 創造説話に対する説明-1     印刷用文書(PDF PDF文書)  2011.10.19(水)
 9. 正しい聖書の理解  2011. 6.15(水)
 8. 聖書が言おうとすること  2011. 5.18(水)
 7. 終末に対する信仰者の望ましい視覚  2010.12.15(木)
 6. 日韓司教交流会の資料(PDF PDF文書 3.83MB)  2010.11.24(水)
 5. 苦痛の意味
 (質問に対する返答とトマス神父の説教集より)
 2010. 9.22(水)
 4. 信仰相談であった二つの質問に対しての個人的な意見
 1)キリスト教がいろいろな宗派に分かれたこと
 2)神さまの救いの働きから排除された人々がいるのか?
 2010. 7.21(水)
 3. 婚姻障碍(Impedimenta Matrimonialia)と婚姻無効化  2010. 6.16(水)
 2. 創世記説話と形成の過程  2010. 5.19(水)
 1. 主の祈りに関する理解  2010. 3.24(水)
 

          
このページの先頭へ                                      ヨハネによる福音書
神学教室資料-13(2012. 6.20)
ヨハネによる福音書
ラテン語:Evangelium secundum Joannem
英語:The Gospel according to John
     
     
 1.福音
     
   ヨハネの福音書には“福音”(evangelion)という用語は一度も登場していないが、この福音書こそ、福音書の中の福音書である。福音は、そもそも文献でその形を持っていたものではなく、口と口によって伝わって来た(口伝)。
そして初代教会は、この福音を復活事件があった後、十字架で死なれて復活された方、神様の右の座に上がられたメシアであり、主であるイエス・キリストに関する御言葉として理解する事になった。(使徒2:36、5:42、ローマ1:1-4参照)
   そして、はるかに経ってから文字で伝わり始まった。これを私達は、福音書と呼んでいる。
   ヨハネの福音書は、初代教会のイエス・キリストに関する伝承に忠実に従いながら、イエス・キリストの“み言葉”と行績を福音書の前半部(1-12章)に収録し、福音の核心であるイエス・キリストの受難と死と復活を後半部に(13-21章)に  記録したことによって、人々がイエス様はキリストであり、神様の子であることを信じることによって救われるのを明らかにした。(ヨハネ20:30-31参照)
      
 2.共観福音書との関係
     
   ヨハネによる福音書は、共観福音[マタイ、マルコ、ルカ]と福音書という観点ではほぼ同じだが、内容面では大きな差を見せている。
   先ず、ヨハネの福音書と共観福音書には地理的、年代的な手順が互いに異なり、書かれている。
   共観福音書には、イエス様の活動がガリラヤ地方から始まって、ユダヤ地方を経てエルサレムに入る形で完成されている半面、ヨハネ書では、イエス・キリストの宣教活動がある地域から別の地域に、頻繁に自由にあちこち移動して行われたように書かれている。共観福音書では、イエス・キリストの活動がエルサレムで一回の過越し際の集りを迎え終了するが、ヨハネの福音書では、イエス様がエルサレムで過ぎ越し際の集りに与ったのが少なくとも3回(2:13、6:4、1l:55)になっているので、イエス・キリストの布教活動が3年間続いたと話している。
   二番目には、福音書の構成と文体も異なっている。共観福音がイエス・キリストの言葉と行積を断片的に多く収集して伝えるのに比べて、ヨハネの福音書はイエス・キリストの奇跡の中で、いくつかを選別して、それにイエス・キリストの談話を並ばせて繋げて福音を展開している。
   三番目は、ヨハネの福音書は共観福音と比べて、イエス様の行跡を少なく伝えているのは事実だが、共観福音には全然伝わっていない新たな事実を伝えている。つまり、カナでの婚礼(2:11)、ニコデモとの対話(3:1-11)、サマリア人との会話(4:5-42)、ラザロの復活(11:1-57)、弟子の足を洗う(13:1-19)そして最後の晩餐の時の長い別れの談話(13:31、17:26)などである。
   そうしたら、ヨハネの福音書の著者は共観福音について知っていたのか? ヨハネの福音書は、共観福音を自分の福音の資料に引用した可能性はほとんどないと考えられる。ヨハネの福音書は、共観福音の伝承とは独立した別の固有の伝承から来たものであり、まれに共観福音のような内容が発見されるのは、共観福音を資料として引用したのではなく、その前の口伝で伝わった内容を引用したと見るのが正しいと聖書の学界は話している。
    
 3.伝承と編集
    
   19世紀までヨハネの福音書は、疑わずに一人の作品だと考えられてきたが、長年の研究を重ねた結果、この福音書は、長い年月を置いて徐々に完成した作品であるのが分かった。ある部分は伝承の初期の段階で、すでに形成されたものがあり、あるものは伝承の後期の発達した神学を反映したものである。このように他の伝承が著者の神学によって完成されたので、この著書は、基本的に一人の作品であると考えても問題ないと考えられる。
   そうすると、この福音史家が自分の福音書に使用した資料が既に紙に書いた文献であったものなのか。学者達の一般的な意見では、奇跡の素材のみが書面であったと見て、残りはほとんど口伝で伝えられた伝承から来たものだと考える。その中でも、イエス様の語録(Logion)と談話は、伝承の初期に既に形成されたものと見られる。他に初代教会の前に使用された“み言葉(Logos)の賛歌”(ヨハネ1:1-18)とヨハネの教会に伝えられた“福音宣言”(Kerygma)(例えば、ヨハネ6:31-58)などが福音書に入っているのを私たちは知っている。この福音書の全体的な構成と神学の内容は、この福音著者のものだが、本人はこの福音を完成することが出来なかったと見られる。ヨハネによる福音書の21章を追加した彼の弟子が、この福音書を出版したと考えられる。
   
 4.著者
    
   教会に伝わる古い伝承では、ヨハネの福音書の著者をゼベダイの息子であり、12弟子のうちの一人だったヨハネだと考えていた。しかし、19世紀から伝統的な見解に異議が提起された。共観福音書に比べてヨハネの福音書は、その内容や神学があまりにも発達しているため、12使徒のうちの一人であるヨハネは、この福音書の著者にはなれないということである。そして、この福音書は、歴史的な事件の目撃証人のものだと考えられないとの意見も一般的である。“ヨハネの福音書問題”の一つである著者の問題もその後多くの研究が行われて、沢山の事が明らかになったが、まだ多くの点が霧の中にあるのが事実である。とにかく、これまでの研究を総合して、次のような仮説を立ててみる。
   ヨハネの福音宣布は、最初に簡潔なもので口伝で伝えられた。それが時間の流れと共に多くなったので、書面で伝わり始めて、完全な福音書を執筆する決心をし、伝承の中に伝わるさまざまな資料を収集整理した。そしてギリシャ語を駆使する秘書を採用して全体的な構成と内容を与え、福音を完成させた。この人が、ヨハネの福音書を出版した人であり、21章を添加し、5章と6章の手順を変えた。ヨハネの福音書の完成年代は100年~120年頃で、著述場所は小アジアだと推測する。
   
 5.思想的背景
     
   ヨハネの福音書を理解するために、その時代の思想的な背景を理解することは非常に重要である。
   先ず、ヨハネによる福音書に影響を与えたのは、旧約聖書である。ヨハネの福音書に旧約聖書を明らかに引用する場合は、非常にまれだが、19箇所で引用してあり、特に知恵書系の文献の主題、例えば水、天の糧、羊飼い、ぶどう、聖殿などがよく登場していているのが見られる。ヨハネは旧約聖書を深く黙想して、その思想を自分のキリスト論の資料として選んだ。
   二番目は、その時代のユダヤ思想との接触が見られる。その一部はユダヤのヘレニズムの思想で、もう一部はファリサイ派とラビ達が持っていたユダヤ思想である。そして1947年死海のクムラン(Qumran)という洞窟で見つけた文献とヨハネの福音の間には類似点が多く見られることである。
   三番目は、その当時、広く広がっていた霊知思想(Gnosticism)とはどのような関係を持っているかを確認する必要がある。なぜなら霊知主義が見せている二元論的な考え方のように見えるところがあるからである。しかし、このような類似点がすぐにヨハネの福音書の思想の源流になったとは言えない。
    
 6.神学
    

   ヨハネによる福音書の核心は何なのかという質問は、ヨハネの神学の思想とは何なのかと聞くのと同じである。それは、キリスト論(Christology)だと一言で答えられる。そして、このキリスト論は、人類の救いのためのものだと著者は述べているので、その中には救世論(Soteriology)が同時に含まれている。“これらのことが書かれたのは、あなたがたが、イエスは神の子メシアであると信じるためであり、また、信じてイエスの名により、命を受ける為である”(ヨハネ20:31)。そして   ヨハネによる福音書の内容を成しているイエス・キリストの奇跡と自己啓示である “み言葉の啓示”は、ひたすら“イエス様はキリストであり、神様の子”だという信仰に導いている。イエス・キリストは“世の救い主”(ヨハネ4:42)だからである。
   この救いを得る方法として、ヨハネは、その当時の二元論的な世界観の概念を借りて説明する。つまり、闇と死の物質的な地上の世界に住んでいる人類を光と命の霊的な天上の世界に導く救い主であり、啓示者であるイエス・キリストを知ること、信じること、告白する事によって救いが得られる。そしてヨハネの救いは既現化の終末論(Realized eschatology)の性格を持っており、それはキリストが終末論的に現存する方として見ているからである。この救いは、教会(Ecclesia)を通して、この世の中に実現されており、具体的には教会の秘跡(sacraments)を通して行われていると見ている。   
          
                                                       カトリック太田教会
                                                            金 大烈神父
 

   
このページの先頭へ                                    四福音書の簡単な紹介
神学教室資料-12(2012. 5.16)
            
   福音書はイエス様の生涯を書いた伝紀ではなく、イエス・キリストが復活された事を証明する使徒たちと初代教会の信仰告白である。使徒たちが宣音し、クリスチャンの人々が信じる福音の主題は、キリストがこの世に人間の肉を取って来られ、 亡くなられたその真の理由と復活されたことに対する一貫した証書である。福音書は、この宣言した信仰のテーマを中心にイエス様の御言葉と業績を深く黙想して記述した本である。
   マルコ、マタイ、ルカ、この三つの福音書を共観福音書と言い、その内容は同じか似た点が多いのである。
  ヨハネの福音書は共観福音書との違いがあって、第4福音書とも呼ばれている。福音書の著者たちは各自の成長した背景(文化、政治の状況、性格による文体等)が異なり、そして宣教しようとする対象も異なったので、それぞれの福音書に現れたイエス様の姿とテーマも違うように表現している。
    
  1.マタイによる福音書
   
筆者と読者                                   、
  徴税人だったが、イエス様の弟子になったマタイがこの福音書を書いたと話しているが、それは確かなことではなく、筆者は、シリア地方のある教会に属しているユダヤ系のクリスチャンだと推定されている。
   福音書の内容から見ると、ユダヤ人の伝統的な慣習に詳しい人物で、なかなかの物知りであったのが分かったからである。マタイの福音書には、アラビア語の使用や、ユダヤ人の風習についての別の説明がないのを見ると、マルコ福音書と異なって、ユダヤ人たちを対象に書いたのが推測出来る。これは読者が、シリア地方のユダヤ系のクリスチャンで、その対象であったことを意味する。
     
執筆場所と年代
  マタイの福音音の用語や習慣などに関する記述は、パレスチナ地方のユダヤ人の伝統的な慣習を表現しているが、この福音事はパレスチナで執筆されず、ユダヤ人たちの多くが住んでいたシリアのある教会で執筆されたのが妥当な見解だ。執筆年代はエルサレムが陥落された後、西暦80年から90年の間だと考えられる。
    
神学的特色
  マタイによる福音書は、イエス様こそイスラエル民族が待っていたメシアであることを、旧約聖書とユダヤ人の律法を比較、対照しながら証明しようとした。また、この福音書の内容は、イスラエル民族が招かれた救いを排斥したので、審判を受けることになり、最終的には、異邦人が神の国を占めることになるという内容で、イスラエルの救いと滅びがその主題である。しかし選民意識としての自分の民族に対する愛情が隠れているのが良く見える。
      
  2.マルコによる福音書
  マルコの福音史家は福音の前置きに、洗礼者ヨハネの説教とキリストの品位と尊厳性を表している。マルコ福音書は四福音書の中で一番最初に書かれているもので、共観福音書の母体となっている。イエス様の御言葉より業績を主としたこの本は、洗練されていない文章と語彙でその仕組みが粗末に見えるが、イエス様の姿は、非常に生き生きと描写されでいる。
   
筆者と読者
  マルコ福音書はベトロの通訳官であるヨハネ・マルヨが記述したと見られる。新約聖書の中にはマルコはマリアという母と一緒にエルサレムに住んで(使徒言行録12:12)、パウロの第一次の宣教旅行の同伴者として、キプロス島に一緒に行って宣教活動をした事があり、そしてパウロがエペソの牢に監禁された時に面倒をみたという記録がある。
   マルコは、ユダヤ人の風習をよく知っており、ヘブライ語とアラビア語を使用したことを考えると、海外の文物を身につけたユダヤ系のクリスチャンであることが分かり、また排他的で民族主義的な考え方を超えて、異邦人と全人類の救いを主張した人物である事が分かる。
   このようにマルコは異邦人系のクリスチャンたちを擁護する立場で、福音書を執筆したため、この福音書の多くの場所で異邦人に対する特別な関心が表れている。
   
執筆場所と年代
  マルコ福音書の執筆年代と場所についてはいくつかの学説があって一般的に、その場所はローマだというのが長い間の定説だったが、現在の神学界ではパレスチナの近所だと考えられている。執筆年代はエルサレム陥落(西暦70年)に関する話が無いのをみると、70年頃に執筆したものと考えられる。
   
神学的特徴
  マルコ福音書が伝えるメッセージの核心は、十字架につけられ死なれたイエス様が其の神様の御子であり、キリストであるという1章1節の言葉によく現れている。共にマルコは神様の真の愛について語っている。
   
   3.ルカによる福音書
  ルカ福音史家は、キリストの死は、人間の罪を贖うために捧げた祭儀だと話している。
   
筆者と読者
  キリスト教の歴史によると、ルカ福音書と使徒言行録はパウロの親しい仲間であるルカが執筆したと伝えているが、現在の神学者たちはこの伝統的な学説を受け入れていない。筆者がユダヤ人の習慣と風物をよく知らない事実から、異邦人系のクリスチャンではないかと考えている。
   筆者は、キリスト教に興味を持った異邦人たち、特にギリシャ語系の異邦人を対象として福音書を執筆したと見られる。
   
執筆場所と年代
  ルカは70年にあったエルサレムの滅亡を過去の事件として記録しているので、この福音書の執筆年代は80年頃だと考えられる。執筆の場所は、パレスチナの外のある地域で書いたと見られる。とにかく、この福音書がパレスチナと呼ばれる狭い地域を越えて、ギリシャとローマ、そして全世界に宣べ伝えようとした
目的で書かれたのに間違いない。
   
神学的特徴              
  ルカ福音書は、可哀そうな人々、小さくされている人々、貧しい人々、痛んでいる人々の救い主としてイエス様を紹介している。
   また、イエス様は、このような恵まれていない人々に神様の大いなる愛を悟らせ、メシアの業を通してご自分の愛を示された救い主であることを強調している。しかもマルコ福音書の洗練されていない書き方とは違い、ルカ福音書は、理路整然で優雅な文章で書かれているのも一つの特徴である。
   
   4.ヨハネによる福音書
  ヨハネによる福音書史家はイエス様の神性を主に記録した。
   新約の聖書の中で、ヨハネ福音書、ヨハネの手紙1、2、3、ヨハネの黙示録はヨハネ系の文献と言う。この5冊の本がこのように一つの系列に分類されたのは、この本の著者がヨハネという名前で伝えられ、文体、用語、教義などが相互に密接な関係があるからである。
   
筆者と読者
  教会の伝承はヨハネ系の文献の著者を福音書に6回述べられた “イエスが愛された弟子であるヨハネ” だと考えてきたが、19世紀から聖書学界はイエス様の生存の時代の人ではない別の人物だと思っている。共観福音書とは違い、その内容が神学的にあまりにも進んでいるからである。この福音書も異邦人たちのための執筆である。
   
執筆場所と年代
  ヨハネ福音書の執筆時期は西暦100年頃と見られる。その理由は、ヨハネの福音書の中には英知主義(Gnosis)を論駁する内容が書かれているが、これは1世紀末をよく反映している状況だからである。執筆の場所は小アジアの都であったエペソだと考えられる。
   
神学的特徴
 ヨハネ福音書の主題は “命と光と愛であるキリスト” である。神様の子でありながら人間になられたイエス・キリストは、目に見えない神様の御言葉を受け入れる者は永遠に生きられ、信じずに拒む者は、滅亡するという教えがこの福音書の要旨になっている。
     
                                                       カトリック太田教会
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このページの先頭へ                                    創造説話に対する説明2
神学教室資料-11(2011.11.16)
            
    4.カインとアベルの物語(4,1-5,32)
  

  暗示
  カインとアベルの物語は、創造の物語と同じように、人間の根本的な問題について話している。長い間、芸術作品 の素材として広く使われたので、よく知られているこの物語は、本来の創造の物語とは別の伝承であり、その分量ももっと長かったと推定される。
 なぜなら、叙述の部分より相対的に長い会話の部分や、内容的に明らかにしていない点がよく見られるからである。
 例えば、ヤハウェがカインの供え物をなぜ受け入れなかったについての理由、カインとアベルの供え物の中でカインの物が受け入れられたかの結果について、ふたりが分かった過程、始祖アダムの息子であるカインが復讐を恐れていた場合は、別の人間がいたという点、同じ脈絡で、カインはどのように妻を得たのか等の疑問を考えてみると、カインとアベルの物語は、元の複雑な内容を持っているカインに関する独立した物語であったと考えられる。
   そして、この物語の背景には、古代の農耕文化と遊牧文化の葛藤や、当時、パレスチナの南海岸地方の草原を渡り歩いて通りながら、ヤハウェを崇拝していたケン族の起源の物語を反映していると考えられる。
   しかし、ヤフィスト著者達は、この物語を圧縮して、楽園の物語の後に置くことによって、特殊な文化や種族の単純な背景の暦史を人間の根源的で普遍的な問題を含んでいる話に、その性格を変化させた。
  ヤフィストは、人間の最初の犯罪の後に様々にあらわれる、また違う人間の罪悪の真相を、‘兄弟殺し’という極端な例を通して鮮明に示している。
  カインのように平凡な仕事をして宗教生活をする普通の人も殺人ができるという事実は、犯罪の普遍性を示している。
 このような観点から見ると、カインは楽園の物語のアダムとエバのように、人間が持つ普遍性の一つの側面を象徴しているといえる。
  
   一方、文章の流れを見ると、園の物語とカインとアベルの物語は、非常に有機的であり、補完的な関係に置かれている。
   園の物語では、男女による最も基本的な家庭という共同体が祝福の中に造られた姿と、罪を犯す限界性を同時に見せている。
 それに対して、カインとアベルの物語では、もう一つの基本的な共同体である兄弟や同僚との関係で、様々な仕事が分けられる肯定的な姿と共に、必然的に生じる競争関係など、否定的な側面を描写することによって、人間の両面性を見せている。
  カインとアベルの物語の基本的な流れは、エデンの園の物語と同様に、“犯罪と処罰” で構成されている。
  カインの犯罪を記述しながら、ヤフィスト著者達は、カインとアベルの兄弟関係を反復的に強調することで、一つの犯罪が、単に神に逆らう罪に終わらず、社会的な連帯性にも大きい傷を与えるのを話している。同時に、ヤフィストは、弟を殺害したカインを処罰しながらも保護してくださる神様を記述することで、罪人までもかばってやる神様の慈悲を表している。
  カインを殺さないようにしたのは、復讐の悪循環による罪が広がるのを防ごうとする根本的な意図から出てきたと考えられる。
   
   5.洪水物語(6,5-8,22)
  大洪水に関する物語りは、古代の東方地域をはじめて、どこでも見つけられる。本来の洪水の物語は、大きな川のほとりに住んでいた人類の元の体験が残した跡であるか、または、人類の起源を説明する為に構成されたと考えられる。事実、ユーフラテス川、チグリス川の一帯に巨大な洪水があったという証拠は、考古学的な発掘で証明されている。
   
   創世記に記述されたノアの洪水の説話もその全体的な形は、他の洪水の物語と大きい違いはない。
   特に、バビロニアのギルガメッシュ叙事詩に記されている洪水の説話とその展開の流れが非常に似ている。それらをまとめてみると次のようになる。
  
  ・ 神(達)が洪水を起こすのを決定する。
  ・ 一人とその家族だけが救われる。
  ・ 特定人だけに神的啓示によって、洪水の暗示が与えられる。
  ・ 神の指示に従って、避難所を作る。
  ・ 神の命令に応じて、動物たちを箱舟に乗せる。
  ・ 洪水が終わったことを鳥によって知ることになる。
  ・ 箱舟が山頂にとどまる。
  ・ 感謝祭祀で物語を仕上げる。
    
  しかし、外形上、これらの類似点にもかかわらず、創世記の洪水の物語は基礎をなす思想と伝える意味において、他の洪水の伝説との明確な違いを見せている。
 創世記の洪水物語が伝えようとしたのは、ノアを中心とした独立した物語よりは、元の歴史の一部分として全体的に繋がっている流れである。したがって、この物語の核心は、“ノアの救い”ではなく“神様が人類を滅ぼす事と救う事を決められた”という内容である。
      
   創世記の洪水の物語をよく見ると、所々に内容が重なるところがあれば、異なるところもある。文献の仮説によれば、これらの理由は、二つの文献、つまり、ヤフィストの文献と祭官系の文献が混ざって物語を構成したからである。
 ところが、祭官系が最終的な編集をしているので、祭官系の文献がヤフィストの文献よりも分量も多いばかりか、物語の主な骨格を成すようになったと考えられる。
     
  次は、洪水の物語で両方の文献の内容が互いに重なったり異なったりする箇所をまとめたものである。
    
 * 重なる個所
   
     
 * 違いがある個所
   
   
   両方の文献はいずれも洪水が起きるようになった理由を人間の罪悪の真相に置いている。
   
  ヤフィストは6,5-8で、アダムとエバの罪から始め、様々な人間の罪がだんだん広がり、深まり、遂に人間の存在そのものを脅かすほどに世が罪に満ちていると説明する。ヤフィストは、これが洪水の原因であることを、神様の言葉を借りて説明する。(6,7)
  祭官系は、洪水の原因を説明しながら、人間の罪によって、世の中がどのように変わったのかを示している。天地創造の時、神様の目には極めて良かった世の中(1,31)、今はあまりにも腐っていた。(6,11-12)すべての美しさは、悪のものに変わった。
  祭官系は、なぜこのようになったのかについて、その理由を明らかにせず、ただ、それは神様が成し遂げられた創造の秩序と祝福を破壊する人間の罪であるのを指摘している。創造の秩序の破壊と逆行は、その代価として、創造前の混沌状態をもたらす。祭官系は、特に “不法(hamas)” という用語を使って世界の堕落を説明する。不法という用語は、預言者たちが審判について説教するときに使用した言葉である。彼らはイスラエルの滅亡をもたらしたすべての原因を一つにまとめて “不法” と規定した。大小の不法が公然と起きている社会はまさに滅亡を目前にした社会である。祭官系は、洪水の原因を一言で “不法” と言いながら、神様が不法に満ち腐っているこの世をどのように滅ぼすかについて、またどのように不法を防ぎ、新たな世界を成し遂げられるのかについて、この洪水の説話を通して話している。
     
                                                       カトリック太田教会
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このページの先頭へ                                    創造説話に対する説明1
神学教室資料-10(2011.10.19)
    1.1,1 - 2,4a までの物語の背景
  

  昔から人類は宇宙万物の起源を説明しようとあらゆる努力を傾けて、それについて自分なりの答えを提示してきた。哲学的な思考を展開しながら結論を得ようとする人もいれば、科学的な論証と実験で得られた結果を出しながら説明しようとする人もいた。また創造が多くの神々との間の闘争の産物という多神論的な神話もあった。
 
   しかし、イスラエルの創造の物語は、どのような哲学的な思考の結論や科学的な探求の結果ではないだけでなく、多神論的な要素も全くない独特な物語りだ。これは、エジプトからの脱出を通して体験したイスラエル民族のヤハウェである神様の創造的な業績をたたえる賛美であり、神様に対する信仰告白文である。イスラエルの創造の話は、創世記(1,1-3,24)だけでなく、詩篇(8、19、104、136、148)、ヨブ記(38)、箴言(8,22-31)、イザヤ書(40、22.26)などでも探せるが、その中で創世記に最も体系的に表現されている。
   創世記の冒頭に記述されている創造の物語を注意してよく見ると、互いに異なる創造の話が一緒に繋がっているのを分かる事になる。(1,1–2,4a)と(2,4b- 3,24)である。この二つの創造の物語が持っている主題は同じだが、その背景とか文体、叙述方式、記録者などは互いに異なっている。文献の仮説によれば、先の話(1,1-2,4a)は 祭官系の文献に属し、後のもの(2,4b- 3、24)は、ヤフィストの文献に該当する。
   なぜ、創世記には、違う2つの創造の話が共に載っているのか。また 祭官系の著者らは既にヤフィストの創造の物語が既にあったにもかかわらず、なぜ新たな創造の物語を記録しようとしたのか。その疑問に対する解決のために、まず祭官系の著者達が置かれた時代の状況を紹介してみる。
   紀元前587年に、バビロンの大軍は、ユダ王国を徹底的に破滅させた。エルサレム神殿は破壊され、数多くの人々が戦争によって死んだ。生き残ったユダヤの指導者と労働力があると考えられたユダの民は、ほとんどバビロンに連れて行かれた。バビロンの地で島流しの生活をしていたユダヤ人たちには、国も聖殿も自分達の独自の制度さえもすべて消えてしまい、ただ絶望と苦痛だけが残っていた。ユダヤ人たちはこの様な試験の中、ヤハウェ・神様の存在と義について懐疑を抱くことになり、同時に彼らのヤハウェ信仰は、バビロンの権力と宗教と文化からの深刻な挑戦を受けることになった。(エレミヤ44,15-19;エジェキエル20,32)
   そのような状況の下で配せられた民の共同体の指導者として認められた階層は祭官達だった。彼らはまず、先祖伝来の律法や規定、典礼などの民族の遺産を適切に保存しなければならなかった。同時に彼らは、その悲惨な現実に自暴自棄に傾いているユダの民たちに、新しい未来の希望を与えなくてはいけない使命意識を切に感じていた。それで、彼らは先祖伝来の伝承資料を幅広く集め、再解釈しながら、天地創造からイスラエルのカナン定着に至るまでの聖なる歴史を徹底した神学的反省を通じて再び記録した。これらの記録の過程で、祭官系の著者達は、自分達の関心の対象であった法典、契約、系譜、司祭職などの内容を重視した。特にバビロン流刑の後に、契約の民であることを象徴することになった割礼と安息日をより一層強調した。
   一方、彼らはエジプトからのイスラエルの先祖たちを救ってくださった主なる神様がバビロンからも、イスラエルを救ってくださるという強い信仰を表現している。 祭官系の著者らは、救いが、ただイスラエルの民だけでなく、主なる神様を信じて従うすべての国に該当するのだと徐々に悟るようになり、その全ての人類の神、すべての者の救い主という普遍的な「救い観」を持つようになった。このような 祭官系の信仰は、創造の物語によく表れている。
     ア.創造信仰:真の信仰と生き方の姿勢を神様の創造秩序の中で、創造信仰を通して表そうとした。
    イ.「初めに」:すべてのものに先んじている絶対的な始まりを意味する。即ち、宇宙万物は全てが神様の創造物で
         あり、神様に属しているし、神様に依存しなくてはいけないという信仰の告白である。
     ウ.「お造りになった」:創造という言葉の語源には、全く楽に何の材料なしに造るという意味がある。“創造する” と
         いう意味のヘブライ語の動詞である “バラ(bara)” は、新しくても、例外的で、驚くほどの創造を意味する。
         聖書に47回も出てくる動詞の「バラ(bara)」の主語は、いつも神様である。
     エ.初めの混沌の状態:創造が成し遂げられる前の状態を表わしている1章2節はバビロンの創造神話から影響
          を受けたようだ。
     オ.光の創造:1節の創造の話が全体の要約であり導入部と言えば、2節は創造が成し遂げられる前の状態、
          3節は創造の過程の開始と言える。光は闇の中から出来たものではなくて、「神様のみ言葉」によって
         生じた。

     カ.大空の形成:祭官系の著者達は、古代東方人の宇宙観を持っていた。空は三階になっていて、一階は鳥が
         飛んでいる大気圏で二階は太陽と星がぶら下がっている天体圏、三階は神様のお住まいだと思った。

    
     
   
     キ.海と陸地、草木
     ク.太陽、月、星:古代東方地域で神として考えられた太陽、月、草木が創世記にはただ大空を飾っている
        被造物に過ぎない。

     ケ.魚と鳥:神様は生命体が生きられるあらゆる与件を備えられてから命ある者をお造りになる。
     コ.獣  
     サ.人間:創造の過程の絶頂として描かれた人間の創造は、他の創造の過程より深く説明されている。
         人間だけが「神様の似姿」のように創造される。
   
    2.2,4b - 3,24 の物語の背景
  
   生命と死、男と女、愛と憎しみ、善と悪、労働、出産、罪と罰など生活の根本的な問題が非常に簡単に、しかし、非常に深く表現された文章、数えきれないほど議論されたのにも、依然として不透明な内容、様々な芸術の様式を通して、絶えず探求されてきたのにも、常に新しく感じられてくる意味.. それゆえ、非常に親しみを感じながらも、じっくり考えてみるとその意味がはっきりしない話.. 人と動物を土でこしらえる陶工である神様、最初の人間アダムとエバ、二人が歩く園の美しさ、蛇の誘惑と神秘的な禁断の果物、禁断の実を取って食べた男と女、二人に与えられた罰、楽園の追放など。
   私たちになじみのこのドラマは、創世記2~3章に記述されている二つ目の創造の物語である。
  1章の創造の話とその記述方式や文体、強調点などが全く異なるのは、この文を書いた人とその背景が異なるためである。文献の仮説の立場によれば、創世記2~3章では、ヤフィストの文献に該当する。
   ヤフィストの文献はイスラエルが歴史上で最も繁栄したソロモンの時代に記録されたものと推定する。当時、イスラエルは、周辺のすべての国の朝貢を受けるほどの政治的な勢力が強大であった(1列王第5,6参照)。また、イスラエルは強力な政治勢力の基に活発な貿易活動を展開し、驚異的な経済成長を遂げた(1列王第4,20参照)。このような政治・経済的な背景からソロモンは神殿を築いたし、各種の大規模の建築事業を起こした。このようにすべてがうまくなっていくような繁栄の時代に、なぜヤフィストは民族の栄光の歴史や業績ではなく、創造、犯罪、処罰が続く救いの歴史を記述したのか。
   非常に優れた話し手であり同時に、優れた神学者であったヤフィストはソロモンの時代の裏面を鋭く見通していた。ソロモンの専制王権の下で、イスラエル部族共同体の一致が大幅に弱化されていき、強制労働に苦しむ民衆の不満は徐々に高まっていった。エジプトの強制労働から解放されたイスラエルの民は、王の抑圧をもはや当然のこととして受け入れることができなかった。それだけでなく、ソロモンの開放政策でカナンを始めとする異邦人の宗教と文化がどっと押し寄せてきたため、イスラエルのヤハウェ信仰には大きな脅威を受けた。出エジプトのヤハウェは後回しにされ、代わりに王の権限が優先された。そして王の優れた知恵と指導力ために国が発展したという考え方が根を下ろしていた。
   ヤハウェへの信仰の弱化、ますます成長する人間の傲慢さと能力の誇示、王の高ぶりなどが満ちた時代の雰囲気で、ヤフィストの著者達はこのすべてのものを罪であると規定した。さらに、ヤフィストは、これらの罪がどのように現われ、その結果がどうなるのかについて語っている。そして、このような人間の罪にもかかわらず継続されているヤハウェ神様の慈しみ深い歴史がどのように流れてきたのかを事実的にそして簡潔に記述した。
   ヤフィストは人間の実存的な生活と人間の共同体に焦点を合わせて、人間が普遍的にぶつかる人生の根本的な問題を2~3章にわたって描いた。これは、神様と人類の関係の中で現われる人間の罪と神様からの離れを、神様と人類の関係に拡大し普遍化させたことである。
   創世記2~3章は、統一された一つの物語である。もちろん、各章はそれぞれ別の伝承から由来したように見える。2章は、世界の創造と並行するもう一つの古代の人間創造の話から、3章は、人間が神様に逆らった物語を描いた伝承から出てきたとみられる。しかし、ヤフィストはそのようないくつかの古代伝承を一つにまとめ、新たに構成した。
   ヤフィストは今も私たちが体験している人間の実存の状況が罪と悪、神様に対抗する人間の姿などが創造の初めからあったと思っていた。人間は共同体として創造され、欠点や痛み、汗、死などによって制限された存在だと理解したのだ。したがってヤフィストはなぜそのようになったのかを真剣に問う。彼らは、神様が最初に創造されたときは、そうではなかったと説明し、これらのすべては、人間自身の罪と責任に起因したことを物語りの形で述べている。
   しかし、ヤフィストは単純に悲惨な人間の存在だけを強調しているわけではない。むしろ彼らは、このような事件の中で現れる神様の憐れみを鮮明に示している。死の呪いは直接に人間を触るのではなく(2,17参照)、人間は楽園から追い出されたけれども神様の慈しみと按配は続く。つまり、犯罪によって砕かれた“家族”(男女)という基礎共同体はアブラハムの“家族”への呼びかけを、また、アブラハムに“約束された土地”は“エデンの園”を人知れずに表していると考えられる。

   ヤフィストの書き方には論理整然ではないところが結構ある。その一例として、創造の物語の中で繰り返される節を探してみると以下の通りである。
     ・ エデンの園の人間について反復される記述(2,8,15)
     ・ 二回服を着させる(3,7.21)
     ・ 二つの木(2,9、3,24)
   このようなことは、おそらく2つの伝承の生命の木とエデンの園の話、善と悪を知らせる木と土地(つち)に関する話をヤフィストが一貫して整理することができなかったと考えられる。しかし、ヤフィストの文献には、人間の生に対する著者達の熱い愛と洞察力、ヤハウェ・神様に対する深い信頼がいっぱい込められていることを知ることができる。
    ア.男の創造
    イ.エデンの園
    ウ.園の木
    エ.女性の創造
    オ.誘惑の始まり
    カ.犯罪の過程
    キ.犯罪の結果
    
    3.二つの創造説話の比較
   
   これまでの祭官系の創造説話とヤフィストの創造説話は、両方も“創造”を扱っているが、その記述の方法や報告された内容は互いに異なっている。それではまず、二つの創造説話の違いを調べて、同じ主題に対する二つの異なる内容をどのように理解すれば良いのかを考えてみたい。
     
 
   このように、異なる方法で記述された両方の創造の物語をどのように見れば良いのか。論理整然で合理的な考え方に慣れている今日の人々は、このような相違点や矛盾点に戸惑うかもしれない。
   
   聖書の著者たちはこのような現代人の疑問を全く考慮していない。彼らは、天地が創造された最初の状態についての歴史的で科学的な事実を書こうとしたことではない。それでもでたらめな神話や伝説を書いたわけでもない。
   聖書の著者たちは、すでに話したように、人間暮らしのさまざまな問題がどのように生じて来たのか、そのような絶望的な状況で、神様の慈しみはどのように展開されたのかを示そうとした。彼らはその事実を何かの歴史的な考証ではなく、人間の状況と彼らの体験、イスラエルのヤハウェ信仰に基づいて叙述した。ヤハウェ・神様は愛によってこの世を創造され、治められるという信仰をもとに記述したものである。
   聖書の著者はこのすべてを、その時代の人々に理解させるために人々に慣れている神話的な宇宙観や様々な表象を、例えば楽園、命の木、蛇、剣の炎などを自由に使って書いたのである。
   もちろん、このような基本的な同質性にもかかわらず、創造の物語に関する二つの文献が違って表現されたのは、各文献が基にした文化圏や観点が異なっていたからである。
   ソロモンの時代を背景にしたヤフィストは創造の秩序が原初の混沌と苦しみに変わってしまった理由を、すなわち人間の犯罪に焦点を合わせて、その答えを探そうとした。反面、ヤフィストより約400年~500年の後代と推定される祭官系の著者達は、バビロンに配せられた当時、あるいはその後の状況を背景にして、無秩序から秩序を創造される造り主の偉大な業績をより深く、簡潔に表現するに重点を置いた。
    
   モーセ五経の最終的な編集者が祭官系の創造の説話とヤフィストの創造の説話をまとめて編集したのは、すでに二つの話が同じ真理を志向している事で矛盾していないと見たからだと考えられる。つまり、唯一の神様がこの世のすべてを創造されたこと、その神様は人間を特別に愛して多くの恵みを下さったこと、しかし人間は裏切って、苦痛の中にいることになったこと、人間の罪にもかかわらず、神様の愛と救いは続くということ、このような内容は、二つの創造説話が一致して証言している信仰の告白である。
   従って、私達が創造の話を接するときには、このような著者たちの基本的意図や核心的な内容に留意すべきである。そうしないと、聖書の著者たちが関心を持っていなかった枝葉的な問題で迷路に陥って聖書を非難したり、聖書の内容を否定することになる危険性が大きい。世の始まりを意味する創造は、ある時点にあった過去の事件だった。しかし、神様の祝福を通して、今でも創造は続いて進行している。 
     
                                                       カトリック太田教会
                                                            金 大烈神父

このページの先頭へ                           正しい聖書の理解
                                    神学教室資料-9(2011. 6.15)
     
  3.正しい聖書の理解
    
  私たちが聖書を勉強する目的は、聖書の本文の意味とメッセージを正しく理解し、その教えを個人や共同体の生活の中で連結させて実践するためである。この目的を果たすためには、何よりもまず、本文を正確に読まなければならない。個人や団体の主張や教理を正当化するために聖書の本文を本来の意味とは異なり、または正反対に解釈するのは非常に危険だ。聖書と妄信を強要する狂信主義(Fanaticism)や盲従を強要する教条主義(Dogmatism)の僕ではない。まず、聖書の本文を実際の文字や句が意味する通り知って聞かなければならない。いわゆる『文字通りの意味』(Literal sense)を言うことだ。
  
  しかし、この仕事は、文字の一つひとつを歴史や科学的な事実として受け入れる逐字(直解)主義(Literalism)とは距離がある。むしろ、聖書の著者が、本文を記録する時、そこに盛ろうとした意味を悟ろうとする努力である。聖書本文の文字的な意味を明らかにして出す事は、18世紀以来、ヨーロッパで発展させてきた歴史批評(Historical criticism)が大きな貢献をした。歴史批判の方法論は、理性的で論理的な西洋人たちの考え方によく似合う。
    
  しかし、聖書の著者が、本文に入れて伝えようとした文字や句の意味を悟ったら、それに満足せずに、その旨に基づいて私達を永遠の命と真理の道へ導く聖霊に心の扉を開かなければならない。そうしないの場合は、調査の象牙の塔の中に閉じ込められ、知的好奇心だけを満たす理性主義(Rationalism)に陥りやすい。聖書は、聖霊のインスピレーションを受けて記録された本だという事実に忘れてはならない。霊感に受けた聖書の本文は、再度、読者たちにインスピレーションを吹き入れていく。結局、聖書の本文の深い意味やメッセージは、文字通りの意味を悟ろうとする絶え間ない探求と聖霊の導きに支えられ、私たちの前にその実体を現わす。
    
   ところが、聖書のメッセージの実体は、本文の中で、三つの基本的な要素が含まれている。最初の要素は、イスラエルと初代教会の昔の信仰者たちが、政治、文化、社会の文脈の中で繰り広げた生き方であり、二番目の要素は、神様に対する自分達の信仰であり、三番目の要素は、自分達に訪ねてきた神様の言葉である.この三つ要素は、生活と信仰との言葉は、いつも一緒に一団とならなくてはいけない。聖書で個人や共同体が失敗した場合を見れば、この三つの要素がそれぞれ離れていた時であり、成功した場合は、この三つが調和を遂げた時である。この三つの要素とそれら相互間の関係を正確に読み取って、そこから得られたメッセージを私たちの生活に適用させることが真に聖書の勉強の主な目的である。
   
   4.モーセ五経の概要
   
   創世記を貌明する前に、まず、創世記が属しているモーセ五経について考えてみたい。モーセ五経は、創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記と呼ばれる5冊の経典を言う。
   
  五経は、イスラエルが歴史の中で鮮やかに体験した神様の教えであるし、彼らの生活全体を支配する程、最も大切な経典である。五経は、元は一冊になっていたが、その量があまりにも多かったので、後代の人々が、これを同様の量に分けて、五つの巻物に書いてて保管したことから五経という名前が出てきた。ギリシャ番で五経(ペンタテウコス:Pentateuchos)は、5人を意味するペンタ(Penta)と巻物を保管する箱という意味のテウコス(teuchos)が合わさった言葉である。
  
   ヘブライ語で五経を意味するトーラ(Torah)は、本来“指示する、指導する、道を指し示す”などの意味持つ動詞ヤラ(Jarah)から出た言葉で、「説明、法律、規制」などの意味を持っている。つまり、トーラは、神様から明らかにされたすべての真理を意味し、より具体的にはモーセを通してくださった、神様の啓示の御言葉を意味する。トーラをよく律法と呼ばれるようになったのは、ヘブライ語の聖書を最初にギリシャ常に翻訳された70人訳本に起因する。
   
   5.創世記
  
 1)意義
  各家庭の系譜があるように、各民族や国家にもその始祖についての話が伝わっている。人々は昔から自分たちの根を探すために絶えず努力してきて、纏まった内容を神話や物語の形で発展させた。口伝に伝えてきたこの物語は、ある時期に記録に残ることになり、その共同体に受げ継がれてきた。イスラエルでも、自分たちの民族の起源についてはいくつかの伝承があった。これらが、後世に降りながら、後々に互いに加えられて組まれ、一冊の本に記録された。その本がまさに創世記である。
   
   前述したように、創世記は、本来、独立した本ではなく、五経の第一巻であった。ヘブライ語の聖書の名称は、プレシート(最初に)である。70人訳本に来て、創世記2章4a節に従って、この本の特徴を表すゲネシース(Gensis-起源)いう名が付けられて、この名が広く使われるようになった。創世記という漢字名は、中国語の聖書の創世紀から由来する。ところが、中国語の創世紀という聖書の名前は通常、単純な事実を記述する・ときに使う‘記’ではなく、王室に関する重要な事実、または手本にされている内容を叙述するときに使う‘紀’を使っている。これは、中国語の翻訳者が70人訳本の翻訳者たちのように、創世記の天地創造についての重要な記録という意味で、そのように表現したと考えられる。
   
   創世記には、宇宙、人間、罪、死、救い、家族生活、社会の腐敗、異なる言語の存在は、イスラエル民族などがどのように始まったのかについて記述されている。また、イスラエルとその周辺の国の自然、宗教、政治、歴史、地理などに関する内容も含まれている。しかし、創世記が、他の民族の神話や、素材と非常に似ているのにもかかわらず、明確に違う点は、ヤハウェ神様だけが創造主であり、罪に陥った人類を救うためにイスラエルを選択されたという信仰にある。この信仰の中で、創世記の色々な素材は、真の生命力と意味を持ち、創世記は、他の神話や伝説とは異なり、過去の文献ではなく、今日の本になり、私たち人間の存在の意味とその最終的な目的を教えてくれる命の本になる。
  
   創世記が書かれた背景には、「エジプト脱出」というイスラエルの歴史の大事件が隠れている。イスラエル民族は、エジプトを脱出し、荒野の生活を体験しながら、彼らと一緒におられた歴史を治められるヤハウェ神様を実際に体験した。創世記はこのような体験がどのように準備ができてきたのかを明らかにするために書かれたものである考えられている。そのため、創世記は宇宙の創造から、すべての歴史が開始されると記述されているが、その実質的な内容は、出エジプトの体験からスタートして、イスラエルの民がどのようにエジプトに住まわれており、神様はどのようにイスラエルを選択され、導いて下さったのかについて、さかのぼりながら、記述している。
  
   創世紀の著者はここで一歩進んで、世界と人間の創造に、選ばれたイスラエル民族の起源を連結させ、このすべてが創造主と人間、人間と自然の関係に関する基本的な真理であることを知らせている。そういうわけで創世記の内容は、すべての時代、すべての人間に意味のあることを教えている。そのため、創世記を正しく理解するには、これらの著述の意図を知ることが必要である。
  
   創世記は全面に宗教的な真理を示すために記録されているので、これとは関係のない一般の歴史の事実はほとんど記録されなかった。また、記録された事実も口伝や文献に伝承されてきて変わってきたし、その形は古代の一般的な形態である物語、伝説、神話などの形で描かれた。したがって、私たちが、創世記に接するときは、このような表現の後ろに隠れている真の意味を見つけるようにしなければならない。そのために私たちは創世記を五経、さらには新旧約の聖書と関連付けて『救いの歴史』という眺望の下で眺めることが重要である。しかし、何よりも大切なのは、創世紀から生ける神を直接体験し、その言葉を身につけて、私たちの信仰を育ててくれる真理を発見していくことだ。
         
                                               参考文献:聖書と共に/聖書入門
     
                                                       カトリック太田教会
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このページの先頭へ                          聖書が言おうとすること
神学教室資料-8(2011. 5.18)
                     Fr.Jung Tae Hyeon
     
  1.聖書が言おうとすること

  聖書の骨組はイスラエルの歴史(旧約聖書)とイエス様の物語(新約)である。ところで、イスラエルの様々な事件とかイエス様の生涯と人格と教えをただ歴史的な事実としてだけ理解してしまうと21世紀を住んでいる私達に聖書が何の意味があるのか。
 
  実際にイスラエルという小さい国の歴史が古代近東の歴史に占める比重は無視してもいい位、微々たることである。現代の考古学者達が突き止めた事によるとイスラエル民族はエジプト、アッシリア、バビロン、ペルシャのような古代近東の強大国の間で、常に生存を脅かされた弱小民族に過ぎなかった。イエス様に対しても、その当時のローマやギリシアの歴史家達の著書にただわずか数行しか書いていない位である。それでも、聖書が古今東西を問わず、これほど長く、人類の精神文化を支配することができた理由は何だろうか? それは、聖書の内容が時空を超えて人類全体に大きな衝撃を与えながら、人間性そのものを変化させるのに十分にダイナミックで普遍的な真理を含んでいるからである。
 
  聖書は二つの主要テーマを抱えている。神様の紹介と人間の紹介がまさにそれである。この二つは、聖書のどの部分を開けてもすぐに目につく。創世記の最初の幾つかの章の神話的な話、モーセと土師達の建国初期の闘争の歴史、預言者達の正義にのっとった叫び、イエス・キリストの事件とその余波、使徒達の司牧的な活動と初代共同体の姿、黙示録の謎のような預言など、これらのすべての記録で聖書の著者たちは神様がどんな方にあり、人間が何であるのかを絶え間なく語っている。
 
  聖書を胎動させたイスラエルの民族は、政治や倫理面で決して優れた民族ではなかった。彼らは、もともとあてもなく、水と牧草地を探してさまよい歩いた遊牧民であり、社会の底辺でぞんざいに扱われたヘブライ人の子孫だった。しかし、彼らの先祖達が神様の招きに対して感謝しながら応じた時に、神様は彼らに命の繁栄と乳と蜜の流れる土地を約束されたし、実際にその約束を守って下さった。しかし、ヘブライの子孫達は自分たちをエジプトの奴隷の暮らしから引っ張り出してくださって、カナンの豊かな土地を占めるようにしてくださった神様を裏切ってしまう。神様のみ旨に逆らった結果として、神様は過酷な試練と苦難の道を許される。神様が選ばれたイスラエル民族の悲劇的な歴史の中で、聖書の読者は、神の誠実で粘り強い招きを断った民族が直面する破滅がどれだけ辛い事なのかについて学ぶことになる。この意味で、イスラエルは、全人類のための一つの見本になる。彼らの波乱万丈の歴史を通じて、神様は、ご自分がどのように確実な方であり、苦しむ人類をどれだけ深く愛しているのかをはっきり示して下さる同時に、神様の招待を受け入れるか、または拒むかによって命と死の道が定まるのを教えてくださる。
 
  イスラエル民族共同体の生活だけではなく、聖書に登場する数多くの人物、一人ひとりの人生も後代の人類への貴重な教えになる。聖書で高尚な倫理と精神的な教えだけを期待している読者は、人間が犯せるいろいろな種類の不正と堕落と罪を赤裸々に表すと同時に、いろいろな種類の懐柔と誘惑に屈することなく、誠実でお憐れみ深い神様への固い信仰を告白した人物達の活躍像も示すことによって、私たちが生命と死の道の中でどちらを選ぶべきかを教えている。
 
  聖書に示された事件や人物は、一言で、私と私が生きている世の中で起こる事件の典型と言える。そして、聖書に込められた神様のみ言葉は今この瞬間に、私と私の家族と私達の社会に救いの道への導きになる神様の呼びかけである。
 
 2.聖書の著者
 
  聖書に接する読者が非常に気にすることは、『誰が聖書を書いたのか?』である.聖書のすべての本文は、創世記の最初の章から黙示録の最終の章まで、人の手で書かれた。それも一人二人ではなく、多くの人が信仰の伝統を受け継いで、長い年月を置いて、聖書を作り上げた。
 
  聖書の著者達に対する関心は、18世紀末、主にプロテスタントの神学者達の間で高まって聖書の研究に画期的な転機を迎えた。それまでの人々は伝統的な考え方に基づいて、聖書は神様の直接的な啓示やインスピレーション(霊感)を受けた救いの歴史の数少ない主役達、例えばモーセ、ヨシュア、サムエル、ダビデ、使徒ヨハネとバウロのような人物が手ずから書いたものだと信じた。しかし、伝統的に信じてきた聖書の著者の世界と、聖書の本文の世界があまりにも違うし、両側の間に大きなギャップがあることを悟ることになった聖書学者達はこれ以上伝統的な考え方を受け入れなくなった。今日の聖書学者達は、考古
学や古文書学の発達を活用し、聖書の世界を当代の文化や歴史に照らして研究し、聖書の本文を古代近東の文献との比較しながら聖書の様々な文学的な様式と、聖書の著者達の編集作業のやり方を明らかにすることが出来るようになった。この過程で、彼らは聖書の本文の相当の部分が、実際の事件に基づいて書かれた事より、著者らの文学的素養と神学的な反省によって書かれた事を確認した。
 
  聖書学者達は今は、聖書の著者達に関する研究を、聖書の著作時期、そのデータの起源と伝達の過程、聖書各巻の実際の著者達の身元、彼らの執筆の動機や神学的意図、彼らが所属する信仰共同体の問題点とそれなりの解決策など、聖書を誕生させた歴史・社会・宗教的な背景や聖書の文学・神学的な内容に関する研究まで拡大することになった。このように、聖書の背景と内容を念頭に置いて、聖書本文を読むことを『批判的な読書』と言う。
 
   私たちが聖書を批判的に読む目的は、聖書の重要なメッセージに、より深く近づくためだけではなく、聖書を文字どおりに受け入れられて非常識で非人道的な結論を出すことを防ぐためである。要するに批判的な聖書の読書は、聖書を逐語的に解釈して人倫を逆らって恐ろしい罪を犯す狂信的な原理主義や、律法を現実に適用しようとその根太的な趣旨より、施行細則にぶら下がる律法主義の誤謬から私たちを守ってくれる。
 
  それなら批判的な聖書の読書が『聖書は、神様が書かれた。』とか『聖書は聖霊の導きによって記録された』という教会の伝統的な教えを真っ向から否定するのだろうか? 決してそうではない。聖書の著者たちの根本的な著述の動機は、彼ら自身と自分が属する共同体が大切に守ってきた信仰を表現し、伝えることであった。そして、彼らの共同体が守って来た信仰の源と目的は、まさに神様であった。聖書の著者たちは人間の歴史の中に入られた神様、即ち、私達の内に現われた神様のみ言葉と偉大な業を記述し、伝える為に全てを注いだ事である。この仕事自体が彼らには信仰的な行為であり、したがって、この信仰の行為を最初から導かれる方が、神様の霊というのは当たり前で自然な事実である。おおよそ、神様へのすべての信仰の行為は、神様の霊の働きであるからだ。
 
  イスラエルの歴史の中で神様の霊の導きによって表れる神様のみ言葉と偉大な業は、聖書の著者が集めた古代イスラエルの民の祭儀に関する規定、賛歌、歌、預言、歴史の記録、伝説、英雄の物語など、さまざまな文学形式を通して伝わっている。聖書の著者達の神学的な思想と、編集活動を探究する批判的な聖書の読者たちはこの事実を認め、聖書の著者たちが口伝でも文献でも資料を集めて加えるとか、修正するとかする編集の過程で、すでに神様の霊から知恵と霊感が与えられていたと確信している。これらの知恵や霊感は、聖書の著者達自身も推し量られないほどの驚くべきで偉大なものである。神様は聖書を誕生させたイスラエルの共同体と新約聖書のキリスト教の共同体を自ら導いて下さらなかった場合、そして神様の塞が聖書を記録した著者の心と精禅を照らして下さらなかった場合は、それらの著書は、古代の偉大な文学作品として評価されることがはあっても、全人類を教える神様のみ言葉が込められた『聖なる本』として専重されなかったと思う。
 
  そのため、聖書は『人の手で書かれていた』という事実と『聖霊の導きによって書かれていた』という教会の教えは、互いにぶつかっていないことである。聖書は神様にインスピレーション(霊感)を受けた人間が神様の霊の導きで、人間の歴史の中に明らかにされた神様のみ御言葉と偉大な業を記録した本である。この本で私たちは、当然、神様のみ言葉と俸大
な業を聞いて見なければならない。
 
                                                     カトリック太田教会
                                                        訳:金 大烈神父

このページの先頭へ                 終末に対する信仰者の望ましい視覚
神学教室資料-7(2010.12.15)
     
  この頃、地球のあちこちで起こっている色々な事を見ながら、本当に終末に近づいているのではないかと心配する人々が結構いるようです。また、色々なマスメディアを通しても終末に対する主題で、様々な話が話題になっているのを見ると、信仰を持っていない人々さえ、終末に対する恐れがある様に見えます。そして、ある人がいつ、何事が起きると言い出したのが、それが正確に当たったと、だからその人が預言した終末の時期は間違えないかも知れないという騒ぎも聞こえています。
  カトリック信仰を持っている私達の立場ではどの様に考えれば良いのでしょうか。
  実には2000年前、イエス様が復活された出来事の以後に形成されたキリスト教の共同体、すなわち初代教会の中でも、このような終末の差し迫りの考えは深刻だったと言える程度でした。そして、2000年という時間が経っている今に至るまで、終末に関する話は絶え間なくありました。
  勿論、私達は人類が堕落の果てまで届いてしまう時、終末が来るという聖書のみ言葉を信じています。しかし、私達が必ず考えなくてはいけないことは「その日、その時」は神様以外には誰も分らないことです。
  聖書に述べられた終末の色々な兆しが今、この時代に起こっているのではないのかと言う人々も少なくないです。事実にそうかもしれません。
  けれども、預言という表現で誰かが騒ぐ言葉に動揺しないように頼みます。
  教会は一回も公式的に終末に関する発表はしませんでした。本当に神学的に終末の兆しが見えると教会は口をつぐむことは出来ないでしょう。
  終末の色々な噂に動揺することより、生きている今日をもっと一生懸命に生きようとするのが望ましい姿勢ではないかと思います。最善を尽くして、私達信者がもっと道徳的に正しく生きようとする努力と共に、子孫に美しい地球を残さなくてはいけないという心で、自然環境の為に小さいカでも添えられると、それで充分だと思います。
  その日、その時は神様だけご存知です。ある哲学者が昔に語った話ように、「明日、地球が滅亡しても、一本のりんごの木を植える」という心で今日を生きるのが大事だと思います。
  人類の歴史はいつも不完全な姿で動くはずです。罪を犯しながら破壊に明け暮れる人もいれば、神様の創造事業に参与する生き方をする人もいます。偽りで世を騙す人々は常にいましたし、反面その間違えをやり直そうと戦う人々もいました。
  世界のあちこちで起こっている自然災害だけではなく、化石燃料の使用による温暖化が起こす地球の否定的な変化を感じながら、いよいよ終末が近づいているという恐怖感を持つより、むしろこの地球を回復させようとする努力の働きに与るのが一番望ましい態度だと思います。
  堕落した道徳性が招き寄せるかもしれない終末に対する漠然とした恐れに囲まれるより、道徳性を取り戻そうと頑張るのが望ましい生き方ではないかと思います。
  ソドムとゴモラの物語が浮かんで来ます。「ただ、十人だけの正しい者がいれば破壊しない」という天使の話を思い出すべきではないかと思います。
  皆様、イエス様の再臨は私達の想像と違いがあると思います。それもその方だけがご存知の方法で来られると思います。私達皆が天使が探そうとした正しい人々の姿を持っている者になるように願います。

   
                                                     カトリック太田教会
                                                          金 大烈神父

このページの先頭へ                          苦痛の意味
神学教室資料-5(2010. 9.22)
 
質問:
神父様お元気でしょうか。聖書を読みながら疑問点があって質問させて頂きます。
コリントの信徒への手紙二、12章6節から使徒パウロは次のように話します。
「仮にわたしが誇る気になったとしても、真実を語るのだから、愚か者にはならないでしょう。だが、誇るまい。わたしのことを見たり、わたしから話を聞いたりする以上に、わたしを過大評価する人がいるかもしれないし、また、あの啓示されたことがあまりにも素晴らしいからです。それで、そのために思い上がることのないようにと、わたしの身に一つにとげが与えられました。それは、思い上がらないように、わたしを痛めつけるために、サタンから送られた使いです。この使いについて、離れさらせて下さるように、わたしは三度主に願いました。すると主は “わたしの恵みはあなたに充分である。力は弱さの中でこそ充分に発揮されるのだ” と言われました。だから、キリストの力がわたしのうちに宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。」
「身のとげ」「サタンの使い」という言葉はどのような意味を持っているんでしょうか。聖痕のビオ神父様もサタンの攻撃で悩まされたと聞きましたが、同じ脈絡で理解すればいいのでしょうか。
    
返答:
パウロの刺という言葉は一つの霊性的な用語として幅広く使われています。おそらく、質問者の気になったところは「サタンの使い」だと思います。
出来るだけ、簡単に説明させて頂きます。
苦痛は神様が下さるのではありません。神様は私達の痛みを望まれていません。従って、「神様が試練を下さった」という言葉は正しい表現にはなれません。
苦痛自体は悪です。言葉通りにサタンが望む痛みです。しかし、この世の中を正しく理解して光へ進む為には与えられた苦痛を乗り越えなくてはいけないことです。
神様が苦痛を与えられるのでなく、この世に生きている限りに悪と戦って勝たなくてはならないことを話しています。
勝たれる力は全的に神様との本当の出会いを通して可能になります。そして、神様に全てを依託する事です。結局、自分の弱さを徹底に認めなくては出来ないことです。
使徒パウロが耐えなくていけなかった痛み、しかし、主はその痛みを無くして下さらなかったです。その理由はサタンの旨に同調するからではなく、サタンと戦って打ち勝って欲しいというみ旨でした。ですから、私達は表現をやり直さなくてはいけません。神様が試練を下さったのではなく、試練と戦って勝つ機会を許したという事です。
弱さが弱さで終わったら何の意味も無い傷だけになります。しかし、弱さが神様に向かう一つの機会になる時、何のことによっても得られない恵みになるのでしょう。
 
次は、トマス金 雄烈神父の説教集にある文を紹介致します。ゆっくり読みながら黙想が出来たらいいと思います。
  

  
私達は様々な苦痛の中で生きています。健康による苦痛、環境による苦痛、物質による苦痛、そして、何よりも人との関係による苦痛が一番大きいのです。苦痛自体は善ではなくて悪です。
ところで、何故苦痛を神秘的だと言うのでしょうか。人間は苦痛に合わせられたら孤独になります。共に、自分の限界に気が付き、助けを求められる力の存在を探します。私達信仰者の場合には神様を探そうとする心でしょう。苦痛が無かったら傲慢になって、まるで神様の存在を否定するような生き方をしてしまうのが普段の私達の姿です。しかし、苦痛の中には神様の存在を感じられ、願う心が生じます。ですから、旧約の預言者達、新約の使徒達、そして聖人達は皆、必ず苦痛の人々でした。
皆様、光があれば必ず闇があります。そして、光が強ければ強いほど闇も濃くなります。今、自分が苦痛の深い淵に陥っているという意味は主の恵みの光が強く注いでいることをも意味します。
暗く熱心な人がいます。そのような人は自分の前に照らされている光を見ないで自分の暗さだけを見ている人です。「罪を犯してはいけない! 罪を犯してはいけない!罪に陥ってはいけない!」 常に霊的強迫観念に陥って、むしろもっと多い罪を犯すことになります。
暗がりは見ないでください。自分の前を照らしている光だけを見てください。考えてみたら、神様に感謝すべきことばかりではありませんか。昼間が長くなったら夜は短くなります。同じように主の光を見ながら生きると闇はだんだん減ってきます。同じ信仰の生活をしていても、暗いところを見ながら生きることと、明るいところを見ながら生きることとは全然違う結果を出すのを意識しなくてはいけません。いつか神様の呼びかけでこの世を去る時、私達が積んだ功労も輝くと思います。
皆様はパウロのとげの話をご存知だと思います。使徒パウロには不治の病がありました。その病が辛くて、涙を流しながら、三度も主に癒しを願います。しかし、病から癒されませんでした。医学者達はパウロの病気は肝臓の疾患だと推測しています。想像してみて下さい。大説教家が説教の途中発作を起こします。今の様に薬もあるはずではありません。気を取り戻した時、プライドに傷付き、死にたい気持ちにまで至ったと思います。あまりも辛くて “主よ、私を使おうと思われたら、この病から解放させてください!” と三度、切に願いましたが、主は聞いて下さらずに、“わたしの恵みはあなたに充分である。力は弱さの中でこそ充分に発揮されるのだ” というみ言葉を下さいます。
パウロは直ちに苦痛の意味を180度変えます。“キリストの力がわたしのうちに宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう” と。
   
   
                                                     カトリック太田教会
                                                          金 大烈神父

このページの先頭へ            信仰相談であった二つの質問に対しての個人的な意見
神学教室資料-4(2010. 7.21)
 
質問1:マルティン・ルターの宗教改革以後、キリスト教が色々な宗派に分かれたのですが、何故、神様はこの様なことを許されたのでしょうか?
    
返答:
話そうとすれば結構長くなりそうな内容ですが、簡単に説明してみます。
今日のカトリック教会に至るまでには教会も数えられない試行錯誤を重なって来ました。教会の中に異端が出た事もあり、教会の指導者達が世俗に染まって揺るいだ事もあり、教会が政治と一つになって、政治的な権力の頂点になった痛みを我らの教会の歴史は持っています。また、これからも沢山の試行錯誤が私達を待っていると思います。
  
この様に教会が正しい道から離れた時、二つの形の反動現象が起こりました。一番目は聖霊の働きによって、その時代に相応しい聖人達が現れた事です。聖人達によって教会が悔い改めの道を歩む事になった場合です。一番代表的な例として聖フランシスコがいます。聖人に対しての物語は良くご存知だと思います。他にも数多い聖人達が教会の道をやり直してくださいました。二番目は質問のように、宗教改革という名で教会から飛び出た人々がいた事です。しかしそこには知られなかった個人的な事情が隠れています。事実、本当の改革という言葉は飛び出て新たな巣を作るのでは無く、犠牲を覚悟しながら中で何かをしようとする事です。ルターの場合は本人が司祭職を辞めなくてはいけないスキャンダル(醜聞)に巻き込まれます。(その内容はここでは省略します)。それで、突破口を探さなくてはならない状況でした。
結局、カトリック教会から出て、自分なりの教会を造ろうとします。イギリスの聖公会もイギリスのヘンリ8世の離婚問題が表面に出ていますが、事実は政治的な理由が大きいです。とにかく、イギリスの権力層とカトリック教会の葛藤によって分かれた事実についてもご存知だと思います。
  
さあ、質問の要旨について答えます。何故、神様はこの様な分裂を見るだけで、そのまま許されたのでしょうか?
私も他の学者達も神様ではありませんので、その正確な理由について解っていると言えばそれは独善になるでしょう。
ただ、個人的に感じた点について話させて頂きます。し易く理解するために一つの質問を差し上げます。何故、ユダはイエス様を裏切って売ってしまわなくてならない運命で生まれたのでしょうか。全ての人間を愛される神様の愛を思い出すと、ユダが気の毒に見える位です。人類が終わるときまで、人類はユダを救い主を売ってしまった悪い者として憶えることになるからです。
ある人は生まれて様々な悪いことやって来たのに、最後に改心して天国に入られ、ある人は熱心に生きて来て、最後に誘惑に負けて地獄に落ちる事になったら、論理的に神様は本当に不公平な方になるのでしょう。
運命という言葉の意味は何でしょうか。運命と言えば、それは閉まった概念です。定まっているという概念です。しかし、カトリック教会が理解する運命という言葉の概念はそうではありません。即ち、誰でも自分の生き方を決定する事が出来るという事です。誰でも誘惑に勝つことが出来るし、誰でも誘惑に負けることも出来ます。
例えば、ある人が神様の召し出しを頂いて、その通りに生きている内に何かが切っ掛けになって、その道を変えたとしましょう。そうしたら、神様はその人を罰することになるのでしょうか。いいえ、そうではありません。その外れた道から改めて、一番良い道を選ぶのを望まれるのが神様であり、神様の愛の御心です。ユダもイエス様を裏切らない事が出来たと思います。しかし誘惑に負けたことになります。
  
教会が分裂されたのは確かに心が痛い事であります。しかし、聖霊は分裂された状況の中で、又、望ましい方向へ進めるように導いて下さいます。カトリック教会の立場では、ルターによって自己反省が可能になったし、新教の立場では、新教なりに新しい方向を設定して懸命に進めようと努力して来ました。そして、両側、どちらでも神様の子供として充実に活きている人々が多いのを私達は認めなくてはなりません。
   
神様はある意味で、人間に本当に無能な方かも知れません。その無能はご自分の愛に対しての責任だと思います。ご自分が創られた被造物である人間が、ご自分を拒める自由さえ許した方なのです。いわゆる完璧な愛の為でしょう。ですから、ご自分の独り子が十字架の上で死を迎えるのをお許しになったのでしょう。
   
人類の未来は、その構成員である私達が正しく答える時、正しく進みます。もしかして、神様は私達人類に本当に未練が沢山あるようです。完璧な忍耐心を見せて下さりながら、どうしても私達が旨く活けるように気苦労なさっているからです。
もしかして、私達が神様に願っているのではなく、毎瞬間、神様の方が私達に願われているかも知れません。
 
 “是非、旨く活きて欲しい!”と。
  


質問2:信者になってから20年になっているのですが、信者として恥ずかしい質問を致します。
私は今になっても神様の救いの働きから排除されたような人々に、憐憫の心と執着する心があります。
時たま、この様な感情が自分の信仰をやたらに揺さぶります。
終わらない戦争の被害者達、親も知らずに生まれて見捨てられた子供たち、重い病を持って生まれた人々、障碍者達、飢え死んでしまう子供達など、一言さえ訴えられないで悲惨に世を去ってしまう数えられない人々の命は初めから神様の救いのみ手から排除されたのでしょうか。

     
返答:
事実、生きながら理解し難い事がこの世の中には沢山あります。例えて下さったように、罪も無い子供達が食べ物が無くて飢え死んでいるのをも私達は分かっています。生れつきの障碍を持って生活する人々も数えられない位沢山います。そして、本当に優しくて素晴らしい生き方を見せて来た人が突然の事故によって逝く場合もいつもあります。この様な状況にぶつかる時、理解出来る答えを探すのは容易ではありません。
私の経験を一つ紹介させて頂きます。ほとんど20年前の話です。
   
ある日の朝、電話がかかってきました。電話をかけた方は、前に私がいた小教区で典礼部会長であった方でした。声が震えていました。「神父様、こんな早い時間申し訳ございません。長男が癌で、長くは生きられないそうです。病者の秘蹟を求めようとこの様に失礼致しました。」 
内容を聞いた私は一瞬凍りついてしまいました。その子供についての記憶が映像のようにオーバーラップして来ました。やっと心を鎮めてから自分の口から出た答えはただ、「分かりました。病院はどちらですか。」だけでした。
そして、約束した日、病院に行く為に車に乗りました。しかし、あまりにも息苦しかったです。何の話で、その家族を慰めることが出来るのか、励ますのが出来るのか、全然その答えが浮かびませんでした。その子供は当時12歳位だったと思います。侍者になって初めに祭壇に立って、ごミサに与ってから喜んでいたその姿、弟を面倒を良く見ていたその姿、「神父様、私も将来は司祭になりたいです。」と言ったその声が生々しく自分の記憶の中に残っていたのです。病院に近づいているのですが、息が詰まっていることだけではなくて、怒りさえ感じ始めました。「どうして、神様は!?」という思いだけが浮かびました。
病棟に入り、病室まで来ました。ノックするのがそんなに難しいとは思えなかったです。ためらってから、ノックをしながら入りました。お父さんはぼんやり窓の外を眺めていました。お母さんは痛みで苦しんでいる子供を自分の膝の上において体のあちこちを揉んでいました。簡単に挨拶を交わしてから、病者の秘蹟を授け始めました。しかし自分の胸からの泣きを抑えられなくて、祈りの文章さえ読み辛かったので、なかなか進めることが出来ませんでした。結局、子供のお父さんが一緒に読んでくれたので、かろうじて病者の秘蹟を終えられました。その後、簡単に話し合い、何かあったら連絡して欲しいという言葉だけを残して病室を出ました。
翌日、電話が掛かってきました。「神父様、子供が秘蹟を受けてから、昨夜、穏かに天国へ行きました。」 何と返事が出来るのでしょうか。二日後、お葬式のミサを病院でする事にして電話を切りました。
二日が経ちました。車の中で病院までの道はとても辛い道でした。「何の話をしたら良いのか。どんな話でその家族を理解させるのか。」 頭も心もめちゃくちゃでした。長い間勉強した神学も何の役にも立ちませんでした。
ところが、殆ど病院に近づいた時、熱い感じと共に不思議に一つの悟りがありました。「あ~、そうだ!」 そして、笑えました。お葬式のミサを奉げる病院の聖堂に入りました。あちこちで静かに泣いている姿が見えます。大きい声で挨拶をします。「皆様、泣かないで、嬉しい心でごミサに与りましょう!」 皆、笑顔で話しかける私の姿に戸惑う気色がありありと見えました。ごミサが始まり、説教の時間が来ました。
「皆様、とてももどかしくて、心が痛いのでしょう? これからはこれ以上悼まないで下さい。私もとても、辛かったのです。ところで、今日、分かりました。もしかして、神様はこの子供を天使として使おうと思われたみたいです。よく考えてみて下さい。この子供が罪を犯したとすれば、何の罪を犯せたんでしょか。若し、勉強の成績が悪かった時、こっそりお母さんのはんこを取って成績表に押した事でしょうか。おやつが欲しくてお母さんのポケットから小銭を探した事でしょうか。その様な事を罪と言えるのでしょうか。
皆様、神様はこの子供をあまりのも愛されたので、罪を犯す機会さえ許さなかったと思います。私達はいくら頑張っても常に罪の中に生きる事になっています。しかし、この子供には罪を犯す機会さえ、神様が許さなかったことです。ですから、天使になるこの子供を選ばれた神様に感謝しましょう。私達のこの様な理解が、去った子供にも喜びを与える事だと信じます。」 
この様な内容で説教したことを憶えています。
    
私達が若し神様のみ旨について全て理解していると言えば、それは大きい間違えになるでしょう。これかれも理解出来ない事は数え切れない位、体験しなければならないと思います。しかし、ローマの信徒への手紙8章28節で、使徒パウロを通して話された「神を愛する者たち、つまり、ご計画に従って召された者には、万事が益となるように共に働くということを、私達は知っています。」というみ言葉に信頼を置くべきだと思います。私達に一番良い道を誰よりも望まれている神様のみ心を私達は信じなくてはいけません。そして、私達はそのみ心に感謝しながら美しい人生の為に取り組まなくてはならないと思います。
   
神様のみ手から排除された人は存在しません。
   
   
                                                     カトリック太田教会
                                                          金 大烈神父

注) 金 大烈神父様は、教会やインターネットを通じて、数多くの信仰相談をされています。
   今回の内容は、その中から神父様が選ばれたものです。

このページの先頭へ                 婚姻障碍(Impedimenta Matrimonialia)と婚姻無効化
           
神学教室資料-3(2010. 6.16)

禁止障碍

婚姻の締結を厳しく禁じる事にも関わらず、当事者らが守らなかった場合、その婚姻自体は有効だが不法婚姻になる。
(1) 禁令障碍 ― これは教区長が当分間婚姻を禁じる場合である。例えば、住所の不明者、国法の規定によって認定されていない者、信仰に対して公に排斥する者、教会法によって罰を受けている者、父母の許可無しに結婚した未成年、代理人を通して結ばれた婚姻等が属している。
(2) 教派障碍 - 洗礼を受けた二人の中で、一人がカトリックで洗礼を受けたが、相手がカトリックと紐帯していない教会とか教派に属している者の場合の婚姻を言う。この婚姻は職権者の許可なしには禁止される。しかし、条件が満たされたら婚姻の秘蹟が可能である。
(3) 私的誓願障碍 - 私的に立てた童貞請願、完全貞潔請願、独身請願、聖職者とか修道者の身分の誓願等によって縛れた者たちが属している。誓願が中止になる原因に従ってその障碍も中止になる。教区職権者はこの障碍を解くことが出来る。
  
無効障碍

これは婚姻自体が無効になる場合である。

(1) 年齢障碍 - 男性満16歳、女性満14歳になっていない婚姻は無効である。(民法は男性18歳、女性は16歳)。
(2) 不能障碍 - これは永久的性交不能を言う。しかし、不妊は特別な場合を除いて無効障碍ではない。
(3) 婚姻因縁障碍 - 前の婚姻が無効になっても、解消になっても、それが合法的に成立するまでには、他の婚姻は無効である。
(4) 他宗派障碍 - カトリックで洗礼をうけた者が洗礼を受けなかった者と婚姻を結ぶ場合を言う。
(5) 叙階障碍 - 叙階された聖職者が不法にした結婚は無効である。この障碍は教皇庁に免除が留保されている。
(6) 修道誓願障碍 - 貞潔の終生誓願を公にした場合、婚姻は無効である。しかし教皇庁の設立修道会の免除は使徒座にあるが、死ぬ恐れがある場合には教区職務者が免除できる。また、教区設立修道会の場合には教区長が免除する。
(7) 誘拐障碍 - 婚姻を目的で配偶者を誘拐した場合を言う。しかし完全に自由な者になって自分の意思で誘拐したその者と婚姻を望むならまた違う話になる。
(8) 犯罪障碍 -ある特定人と婚姻する意図で直接にその人の配偶者とか自分の配偶者を殺す犯罪を起こした場合、又、物理的に或いは倫理的にそれに関する犯罪に協力した場合をいう。
(9) 親族障碍 - 直系親族内の正出・庶出・非尊属の間の婚姻は無効である。(日本の民法は?)
(10) 姻族障碍 - 直系の姻族は無効である。教区直権者が免除出来る。
(11) 内縁関係障碍 - 畜妾、一夫多妻制度による婚姻は無効である
(12) 法定親族障碍 - 養子の縁組で発生する。直系の関係の中では関係の遠近と関わらず、生じた婚姻は無効である。(傍系の場合には各国の民法による)
(13) 錯誤障碍 - 婚姻しようとした者ではない違う者との婚姻を言う。
(14) 脅迫障碍 - 意図的ではなくても、外部からの暴力とか恐怖によって発生する。不当に脅迫を受け無理に婚姻した場合を言う。
(15) 婚姻形式障碍 - 教会法が定めた婚姻の形式を従わなかった婚姻を言う。
  
特免婚姻

婚姻障碍に掛かっていても、信者である者を守る為にその障碍を免除し、その婚姻を許可する事を言う。
その為にカトリック信者ではない相手に婚姻前に予め条件を出し、答えを確認し、誓約書を書いて貰う。条件というのは、カトリックの信者である者を守る為に、信者ではない相手から信者の信仰の生活を認めて貰う事と、二人の間に生まれる子供たちの秘蹟の生活を親として認める事である。自由に信者ではない相手が応じてくれると、婚姻秘蹟のミサが可能になる。
この様な教会の配慮は宣教地である国で、カトリック信者ではない相手に会う可能性が高いである事を意識し、信者の方を信仰的に守る為である。
   
婚姻無効化

教会の婚姻法は複雑である。しかし、そこには必ず福音的、或いは司牧的な理由がある。
婚姻障碍の状態にいる信者は秘蹟の生活は許されていない。即ち出来ない。
だから、民法に離婚をしたとしても、再婚をしたとしても教会は認めない。
その障碍から自由になって離婚とか再婚を認められる為には、前の婚姻が教会の法に違反した間違えた婚姻であった事を証明し、教会の裁判所から婚姻無効化宣言を貰わなくてはならない。
無効化された場合、再婚ではなくて秘蹟により初婚を授からなくてはならない。
   
   
                                                     カトリック太田教会
                                                          金 大烈神父

このページの先頭へ                          創世記説話と形成の過程
           
神学教室資料-2(2010. 5.19)
イスラエルの民族は紀元前922年に北イスラエルとユダャに分裂されます。そして、紀元前722年に北イスラエルが滅亡し、紀元前587年にユダヤも滅びます。それでイスラエル民族はバビロンという所に配せられます。(注1)
そして、エルサレムにまた帰還された時期が紀元前433年頃になります。

モーセ五経という言葉を聞いたことがあると思います。創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記、この五つの聖書をモーセ五経と言います。15世紀末までこの五経はモーセによって書かれたと信じました。しかし、16世紀に入ってから本格的にモーセ五経についての研究が始まりました。そうしながら解る事になったのはこのモーセ五経は一人によって書かれた物ではない事でした。

では、どのように書かれたのでしょう。

先ず、紀元前950年頃から伝わっているモーセ五経の内容がありました。そして紀元前850年頃にもまた違うモーセ五経に関する伝承がありました。また紀元前622年頃にもまた違う伝承がありました。そしてユダヤが滅亡する紀元前587年にもまた違う形の伝承がありました。即ち、長い歴史を通して口頭で伝わって来た物語達がそれぞれ異なる著者達によって書かれて伝わった訳です。そして、バビロンの捕虜生活の中で、先程話した四つの著者集団が書いたそれぞれのものが一冊の本に編集し始められます。その後にも沢山の過程を通して、今皆様が読んでいる聖書のモーセ五経になっています。
 
なぜ、この様に聖書の著者と編集の過程について語ったのか話します。
 
先程、イスラエルの人々がバビロンへ配せられたと言いました。そうです。イスラエルは強制移住された民になってバビロンで奴隷生活を始まります。
時間が経って、若い世代の人々は自分の民族の言語も文化も失うことになります。また、伝統的に信じて来た信仰も混濁になります 。(注2)
 
その様な時代の流れを見た民族の指導者達は痛ましく思い始めます。
「選択されたこの民族が何故、この様な恥辱の生き方をしなくてはいけないのか。何故、神様は私たちを見捨てられたのか。何故、私達は自分の言語まで失わなければならないのか。」等、色々な信仰的な質問に対して、その答えを求めようとします。そして、その答えを考え出します。
「神様は我々の民族を選択され、愛された。しかし我々は神様を裏切った。それで我々は罰を受けた。それで我々民は悔い改め、お赦しを求めた。そうすると神様は救って下さった。しかし、また、我々は神様を直ぐ忘れ、裏切ってしまう。
それでまた罰された。それで、私達はまたお赦しを求めた結果、神様の慈しみによって救われた。この様に我々の民族は、背信、罰、悔い改め、赦しの求め、救いというパターンを繰り返しながら今まで来た。これが私達の民族の歴史である。
従って、今、我々がこの様に奴隷の生活をしていても私達が真実に悔い改め、神様に心を戻せば、神様は先祖達をエジプトから脱出させて救ってくださった様に私達も解放されられる。」 
この様な内容がこもったのがモーセ五経の主な大筋です。
  
また、実存的な質問も触ります。「何故、人間だけが裸になったら恥を感じるのか。何故、人間は互いに過ちに対して他人のせいにしながら、責任を転嫁するのか。何故、人間は家族さえにも妬みを感じ殺し合いまで出来るのか。何故、男は女より腕力が強いのか。何故、人間の女性だけが子供を生むとき苦痛を感じるのか。何故、民族によって言葉が違うのか。
何故、女性は蛇が嫌いのか。」等、沢山の質問に対して自分達が長い歴史を通して気が付いたところを答えとして出し、現在を生きている同胞に伝えなくてはならない義務感を感じます。
  
それで周辺の国々から色々な説話を借りてきます。そして、その説話の骨組に質問と答えをつけて新しい物語を作り始めます。その様にして作られたのが創世記の説話です。
  
ゆっくり創世記を読んでみますと矛盾な箇所が沢山書かれているのが分かる事になります。例えば、二回登場する異なる創造の説話 (創世記1,1-2,4aと2,4b-3,24)(注3)、食い違う内容の洪水の物語 (創世記6-8章)(注4)、二回召命を受けるモーセ(出エジプト記3章と6章)、三回重なる殺人者に対しての処罰(出エジプト記21章、申命記19章、民数記35章)等、数え切れない程の矛盾な箇所達が登場します。これは多数の著者達が必要性によって添え加えた部分もあるし、他の伝承と同じ内容を違う視覚で見たこともあるからです。
  
この様に形成過程を理解しながら分からなくてはいけないことは、モーセ五経は歴史的な事実を伝えるのではなく(勿論、歴史的な事実を素材として使用する事もありますが)、ユダャ民族が自分達の長い歴史を通して得られた神学的な理解を、歴史を遡及して(過去にさかのぼって)、一つの説話という形式を借り、現在に生きている人々に伝えようとする意図で作られた事を理解して頂きたいです。
 
ですので、私は個人的に初めて教会の信仰を求める方とか信仰の生活したばかりの方々には旧約の聖書を読むのを勧めません。それより新約の聖書をよく読んでイエス様が教えられた神様に対しての正しいイメージを持つ様に進めます。
なぜなら、イスラエル人が持っている神様に対してのイメージによって、イエス様が紹介された神様のイメージが崩れる可能性が高いからです。旧約の聖書は幅広い理解が必要です。文字そのまま受け取ってしまうとカトリック教会の信仰と外れる恐れがあります。
 
そうすると、「何故、カトリックは旧約の聖書を聖書として認めているのでしょうか。」という質問が出るはずです。
 
この様に理解してください。旧約の中には人間が犯せるあらゆる罪が書かれています。また、人間の色々な傾きとその中で働かれる神様の御心が現れています。イスラエルという一つの民族の中で見せられた神様の救いの働きを、イエス様によって正しく理解しなくてはなりません。(勿論、旧約の聖書の中にはモーセ五経以外に、預言書とか歴史書もあります。
これらは違う観点から接近しなくてはなりません)

今までも神様の名によって人殺しが正当化されるところが沢山あるのをご存知だと思います。それは百パーセント神様に対しても間違えた理解のためです。カトリック教会も2千年という長い歴史の中で誤謬の時代もあったし、間違えてキリストに反する姿を見せた時も沢山あります。しかし聖霊のお導きでしょうか。反省の歴史が可能でした。

皆様、聖書を読む時には専門家の指導が必要です。色々な書籍も沢山出ています。
間違えなく神様の御心を見取る為にも勉強は必要です。


                                                     カトリック太田教会
                                                          金 大烈神父

注)
バビロン(Babylon)はメソポタミア地方の古代都市。
市域はバグダードの南方約90kmの地点にユーフラテス川をまたいで広がる。
2. 新バビロニア王国時代のバビロンと周辺の数箇所の都市には、滅ぼされたユダヤ王国の指導者層が強制移住(バビロン捕囚)させられ、この事件がそれまで神殿宗教であったヤハヴェ信仰をユダヤ教に薄める契機となる(154年間)。
3. 創世記1,1-2,4aには一番最後に人間を造ったのと言うが2,4b-3,24には一番最初に人間を造ったと言う。
4. 創世記6,19には「全ての肉になるものから、二つずつ箱舟に連れて入り」と書いてあるが、7,2からは「清い動物を全て七つがいずつ取り」と書いている。

              
  このページの先頭へ                   主の祈りに関する理解
         
聖書勉強会資料-1(2010. 3.24)
                        
イエスはある所で祈っておられた。
祈りが終わると、弟子の一人がイエスに、「主よ、ヨハネが弟子たちに教えたように、私達にも祈りを教えて下さい」
と言った。そこで、イエスは言われた。
「祈るときには、こう言いなさい。父よ、御名が崇められますように。御国が来ますように。
私達に必要な糧を毎日与えて下さい。私達の罪を赦して下さい。私達も自分に負い目のある人を皆赦しますから。
私達を誘惑に遭わせないで下さい。」
                                                                                                          (ルカ11・1-4)
     
イエス様が直接教えられた唯一の祈り、それを私たちは「主の祈り」と言う。主が作られた祈りなので、
足りないところが無いのを私達は知っている。
おそらく、カトリック、新教(プロテスタント)関係なしにキリスト教の信者の口を通して一番多く捧げている祈りが
この主の祈りではないのか。しかし、どの位その祈りの意味を理解しながら捧げているのか。
   
この機会に主の祈りに関する簡単な黙想を分かち合ってみたい。
(現在日本のカトリック教会が使っている訳で考えてみる)
   
1.「天におられる私たちの父よ、御名が聖とされますように、御国が来ますように、
    み心が天に行われるとおり地にも行われますように。」

   
あなたは神様であり、私たちはあなたをお父さんと呼ぶ。
そして、そのお父さんであるあなたに対して絶対的な崇めと賛美を捧げる。
そして、何よりもお父さんが望まれている、その御旨が優先であることを告白する。
ゲッセマネで血と汗を流しながら祈られたイエス様が「父よ、御心なら、この杯を私から取り除けて下さい。
しかし、私の願いではなく、御心のままに行って下さい。」(ルカ22,42)
と祈られたその御心を私達は心に刻まなくてはならない。
何よりも祈りというものは神様に対しての賛美と崇め、そして全的な依託の姿勢から始まらなくてはいけないことを
イエス様は言い聞かせている。
  
2.「私たちの日ごとの糧を今日もお与え下さい」
    
あなたが下さったこの生命、導いて下さり、責任を負って下さる様に願う懇切な望みである。
しかし、この様な懇切な望みの以前に私達には前提される信仰が必要だ。
それは神様は愛によって私達を創ってくださったという信仰であり、私達の協力があれば絶対に私達を退けない、
はねつけないという信仰である。ルカの福音書12,22-32までゆっくり読んでみよう。
   
「だから、言っておく。命のことで何を食べようか、体のことで何を着ようかと思い悩むな。
命は食べ物よりも大切であり体は衣服よりも大切だ。鳥のことを考えて見なさい。種も蒔かず、刈る入れもせず、
納屋も倉も持ったない。だが、神様は鳥を養ってくださる。あなたがたは、鳥よりもどれほど価値があることか。
あなたがたのうちのだれが、思い悩んだからといって、寿命をわずかでも延ばすことが出来ようか。
こんなごく小さな事さえできないのに、なぜ、ほかの事まで思い悩むのか。
野原の花がどのように育つかを考えてみなさい。
働きもせず紡ぎもしない。しかし、言っておく。
栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。
今日はのにあって、明日は炉に投げ込まれる草でさえ、神はこのように装ってくださる。
まして、あなたがたにはなおさらのことである。信仰の薄い者たちよ。
あなたがたも、何を食べようか、何を飲もうかと考えてはならない。また、思い悩むな。
それはみな、世の異邦人が切に求めているものだ。
あなたがたの父は、これらのものがあなたがたに必要なことをご存知である。ただ、神の国を求めなさい。
そうすれば、これらのものは加えて与えられる。
小さな群れよ、恐れるな。あなたがたの父は喜んで神の国をくださる。」
   
ソロモンの栄華も咲き散る野花よりも華麗ではないと仰っている。
まして野花よりもっと可愛らしい私達を神様は放棄しないという御言葉である。
逆に神様の御旨を拒んで放棄するのは私たちの方だろう。神様は絶対に私達を諦める事はない。
そうだ。私たちが求めるべきの事は何よりも一番必要な糧、即ち神様の愛に対する確信である。
      
共に考えなくてはならない事がある。それは貧しい人々に心を注がなくてはならないことである。
勿論、限界はある。しかし、少なく飢えることによって疲れている人々、はなはだしく死んでしまう人々が
この世に共存しているという意識が必要であり、最善を尽くして貧しい人々と共にしようとする具体的な努力が
要求される。ある人は言う。私は誰かを助ける余力が無いと。しかし、はっきり言いたい。
この世の中には誰かを助けられない位の貧しい人は存在していないと。
     
3.「私達の罪をお赦しください、私達も人を赦します」(日本語訳)
   「私達も自分に罪を犯した人を皆赦したように、 私達の罪を赦して下さい」(元の内容)

     
一番厳しく分明なメッセージが含まれている箇所だ。
もし私達が神様にお赦しを求めようとすれば、そこには厳しくて分明な条件が付いて来るのを仰っている。
結局、救いというのは他の言葉で罪からの解放ではないのか。
罪から解放されるということは様々な解釈が可能だと思うが、取り合えず、罪を赦してもらう事を意味する。
ところで、赦して頂くのには付く条件があまりにも難しい。
自分に罪を犯した人を赦さなければ、自分が先に和解の手を伸ばさなければ、自分も神様から赦しを頂けない
という御言葉である。憎むことのように難しい事がどこにまたあるのか。
しかし、分かっていならも憎しみを捨てることはなかなかし易くない事であることを私達は体験によって
あまりにもよく分かっている。その程、赦すのは難しいということだ。しかしイエス様は「赦せ!」と仰る。
そうではなかったら私達は赦して頂けないと仰る。常に一つ心に刻んで生きなければならない事がある。
それは赦るす心も赦せる力も神様が許さなかったら出来ない事だ。「赦せ!」と仰っている。
無条件に「赦せ!」と仰っている。
     
4.「私達を誘惑に陥らせず悪からお救い下さい」
     
光が強いとその陰も濃くなるという言葉がある。
私達が善に向く心、愛しようとする心、即ち神様の御旨に従おうとする時、そこにはいつも悪の勢力がより強く
働くはずである。使途パウロが話した事を思い浮かべてみよ。
「善をなそうと思う自分には、いつも悪が付きまとっているという法則に気づきます」(ローマ7・21)
どうぜ、私達の実存は神様の懐に抱かれるまでにはあらゆる種類の誘惑と戦わなければいけない人生である。
イエス様も誰よりもこの様な実存を体験され、理解された方である。だからイエス様は私達に懇請されている。
誘惑に陥らない為に「祈りなさい」と。そして、悪から救われるように「祈りなさい」と。
私達の惰弱な意志はいつも誘惑の前で揺らがれ転べる。そしてこの様な姿は当然な私達の姿かも知れない。
時たま悪に負ける辛い経験を通しても成熟になる。しかし立ち上がらなくてはならない。
そしてその力は神様に求めるべきである。
     
私達皆が主の祈りの意味を意識しながら生きて欲しい。
ただ、一回音を出して唱えても、その意味を深く考えながら切に心で捧げて欲しい。
神様が伴って下さるのを信じる。
     
                                                     カトリック太田教会
                                                          金 大烈神父
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