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 明治の頃より太田・足利を中心とする両毛地区で、外国人宣教師による布教が行なわれていま
したが、1888(明治21)年8月に新田郡太田で5名が公式受洗したことが記録に残っています。
 それから実に65年の時を経て、1954(昭和29)年5月にカトリック太田教会は太田市浜町で産声
を上げました。(「黎明の頃」のページへ
  その教会は馬小屋で生まれた主キリストのご降誕のようでもありました。その場所が戦前の歓
楽街であった 料亭 「ポンチ」の二階 だったのです。当時の写真は残っていませんが、教会小史
「黎明の時」(霜鳥 俊一著) にその時の様子が詳しく記されていますので、ご覧ください。
 (「黎明の時」 220KBPDF文書
  そして、その時から50年以上が経過しました。この間、日本の社会情勢や経済状況も大きく変
化してきました。その上、最近はグローバル化や人々の移動といった国際化の波も押し寄せてき
ています。
  太田小教区内の太田市と大泉町は全国でも有数の外国人集住都市として注目されています。
太田市の外国人登録者数は7600人ほどで、総人口に対して19%、大泉町でも6000人を超えて
います。移住者の中で最も多い国籍はブラジル、そしてフィリピン、ペルーが3、4番目です。
  この3カ国はカトリックの国です。また、太田小教区の国別信徒数は、日本人900人、ブラジル
人10000人、フィリピン1500人、ペルー人2000人というデーターもあります。実際に教会に来て、
ミサに参加する人はずっと少ないのですが、日本人信徒の10倍以上の外国人が太田小教区には
居住しているのです。 (外国人登録者のデーターは、群馬県ホームページの資料・2014年末)
  教会が多国籍化して、これまでの「日本人信徒のための教会」から「地域に住むすべての人々
のための教会」へと発想と姿勢の転換が迫られています。如何にキリスト者として、社会の中で
救いのしるしとして存在意義を示すことができるのか、これまで50年以上培ってきた信仰の真価
が問われる時であり、同時に未来に向けた大きな飛躍の時でもあると私たちは考えています。
                                 
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  初期の頃の信者たち(1950年代)  設立50周年記念式典(2004.7.18)   岡田大司教・司牧訪問(2014.8.3)    

     担当司祭のメッセージ  写真による太田教会の紹介  カトリック教会の概説(カトリック中央協議会HP)
                  金 大烈神父が撮影・編集した「太田教会 紹介ビデオ」をYouTubeで見れます(2012.10. 20分)